土地や建物の不動産の売買契約締結後にその不動産を引渡す前に売主に相続が発生した場合、相続人はその売買契約中の不動産に係る譲渡所得の課税について、租税特別措置法第39条に規定する取得費加算の特例の適用を受けることはできるのでしょうか。
1.相続税における課税財産
土地建物等の売買契約締結後その土地建物等の売主から買主への引渡しの日前にその売主に相続が開始した場合には、その相続に係る相続税の課税上、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約の目的物である土地建物等ではなく、相続開始時におけるその売買契約に基づく残代金請求権として取り扱われることになっています(国税庁資産税課情報/平3.1.11付)。
この取扱いは、土地の売買契約締結後その土地の引渡し前に開始した相続に係る相続税の課税を巡る訴訟において、昭和61年12月5日の最高裁判決である「たとえ本件土地の所有権が売主に残っているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能を有するに過ぎないものであり,相続人の相続した本件土地の所有権は,独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであって、本件において相続税の課税対象となるのは、売買残代金であるというのが相当である」と判示したことを根拠としています。
2.相続税の取得費加算の可否
相続又は遺贈により財産を取得した者が、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に, 相続税の課税価格の計算の基礎に算入された資産 を譲渡した場合には、その譲渡した資産に係る譲渡所得の金額の計算上,その者の相続税額のうち一定の方法で計算した金額に相当する金額はその譲渡した資産の取得費に加算されます(措置法39①)。
前記1の相続税における実務上の取扱いに従えば、土地建物等の売買契約締結後その土地建物等の引渡しの日前にその売主に相続が開始した場合には,「相続税の課税価格の計算の基礎に算入された資産」は,土地建物等ではなく、その土地建物等の売買代金のうち相続開始時における金銭債権(残代金請求権)となりますから、相続人がその土地建物等の譲渡所得の帰属時期について引渡基準を選択し,相続人の譲渡所得として確定申告をしても,「相続税の取得費加算の特例」は適用されないことになります。
このため、被相続人が売買契約を締結した土地建物等が相続開始後において相続人により引渡しが行われた場合には,前記1の相続税における課税科目の取扱いにかかわらず、譲渡所得における「相続税の取得費加算の特例」の適用については、次のように取り扱われ、「相続税の取得費加算の特例」の適用を認めることとされています(国税庁資産税課情報/平3.6.7付)。
①土地建物等を相続財産とし、その土地建物等の価額は売買代金相当額とする。
②買主から収受している手付金等は、相続債務とする。
したがって,相続人の譲渡所得の確定申告において「相続税の取得費加算の特例」の適用を受けることができます。
またに国税庁の質疑応答事例において2022年11月25日付で以下の計算式が公表されています。
その相続人の相続税額×その相続人の相続税の課税価格の計算の基礎とされたその譲渡資産の価額(A)/(その相続人の課税価格+その相続人の債務控除額(B))
A欄の「譲渡資産の価額」: 相続人が譲渡した売買契約中の不動産については、相続税の課税上、前期1の相続開始時における残代金請求権に加え、被相続人が相続開始時までに受領した手付金に相当する額がその課税価格の計算の基礎に算入されていると考えられることから、当該不動産の譲渡収入金額(残代金請求権+手付金に相当する額)となります。
B欄の「債務控除額」: その相続人の債務控除額に、その相続人の売買契約中の不動産に係る譲渡収入金額から残代金請求権の価額を控除した金額(前受金債務に相当する額)を加算します。